愛と心と真理が大事。

ついに,このサイトのタイトル(もう変えたけど)についてしっかりと説明します.

 

 

 

前回,新しい学びの場をつくる会の中で,「愛と心と真理」が言語化されたと書きました.

 

今回は,その会の中で私が文書化したものを載せます.

 

 

テーマは「理想の教育・社会(世界)」です.

 

文書化までに,ワークがあり,そこで「あなたにとって大切な三つのもの」を聞かれ,私は「愛と心と真理」と答えました.

 

その流れを受け,この文章では,

私の大切な三つのものを切り口に「理想の教育・世界」を考えました.

 

 

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この世界に在るもので,確実に“在る”と言えるものはどれくらいあるのだろうか.

結局,全ての世界は“私”を通してしか知ることができない.私は,身体に備わった感覚器官を経て,世界を認知している.

私が知覚している世界が本当に存在しているという証明は,難しいだろう.いくら私が感じていると主張しても,それは独り善がりな虚構かもしれない.

世界が“在る”ことを確認するためには,他者を通す必要がある.

これが客観の始まりだ.

他者を通すことで,目の前に広がる世界が,私にしか見えないものではなく,他人にも共通して見える同一の世界だと確認するのだが,自分の見える世界が広がるに従い,人によって見えている景色が異なっていることに気づく.

考え方が,経験が,関心が,人それぞれ違うのだ.

さらには,目が見えない人,耳が聞こえない人,色が識別できない人,感覚が鋭敏すぎる人,など,様々な人が今の世界を構成している.これが多様性だろう.

そうなってくると,ますます,世界が同一なものなのか,本当に在るのか,と疑問に思えてくる.

しかし,ある範囲において何かを発信する際,一つの世界をモデル化しなければならない.

あるコミュニティを対象に,社会を築くには,そのコミュニティ内における共通項をもとに一つの社会を定義し,社会設計に入っていく.社会づくりには客観性が求められる.

そのため,今までは客観性が重要視され,客観性をもとに学問が築かれた.それにより社会は発展し,進化してきた.

しかし,今,「これが含まれていない」と例外を指摘し,「多様的でない」という主張が,モデル化されてきた社会に迫る時代が来た.

多様を生み出すのは主観である.

主観と客観が交叉する時が,今,来ているのだと感じる.

創る際,多く受け入れられるには客観性が求められ,モデル化する必要があるが,提供される側は主観で判断し,多様化を求める.

どちらも正しい.

が,めんどくさい時代だ.

 

より良い世界をつくるため,この世界自体を知るために学問が育ち,客観性が必要とされる科学が社会を発展させてきた.

そうして,この世界に在るものを客観的に探し求めた結果,確実に在る,と言えるものは主観それ自体であった.

私が今感じているものこそが,確実に在るものだったのだ

人類は長い回り道をしてその事実に辿り着きつつある.

 

この事実を踏まえて,大切なものが何であるかを世界を見渡して探してみる.

 

最も大切なもの,

それは愛である,

と私は思った.

ここでいう愛とは,自分以外の存在に対して,その存在のより良い未来のために行う活動や思考の全てである.「愛」こそが世界をより良い方向に動かしている源泉だと思う.

 

その次に大切なもの,それは心である.

 

なぜなら,愛があったとしてもそれを感じ取れなければ意味がないからである.

今までは客観性が求められ,心という主観は片隅に追いやられてきた.日本はまさにその傾向が現れた社会であると思う.日本人は,自分の感じたもの以上に,周りの意見や風潮を大切にしているような気がする.それこそが客観性を求めてきた社会が生んだ負の遺産である.心で感じたことを大切にする,という意味で,二番目に「心」が浮かんだ.

 

三つ目に大切なもの,それは真理である.

 

存在していること,それ自体が真理である.

宇宙の中で私は生きている.地球という惑星の上で,空と海と森と地面に囲まれて,空気という触媒を通して,私は生きている.延々たる家系の中,この父とこの母の下で,この友達と関わりながら,私は生きている.その事実が真理なのだ.

なぜを問いかけ,学者は真理を求めてきた.そして,私は遺伝子から形作られ,原子という粒子から構成され,素粒子は不確実性を備えていることがわかった.世界を構成する方程式を探し求め,実験,研究を重ねてきた.

それでも科学は,落ちる葉っぱの軌跡さえわからない.

しかし,葉っぱは目の前を落ちていく.わからなくても,世界は動く.あらゆるものは存在している.客観を介さずとも,見えているのに,主観を疑ってきた.世界は在る,感じる,それが真理である.

主観も客観も超えたところ,時間も空間も超え,宇宙さえも包括した概念,存在しているという事実,これが真理である,と私は思う.「真理」という大きな概念の中で人は生きている.その事実を知った上で生きることが大切だと思ったのだ.

 

 

私の考える理想の世界は,

真理を感じ,心を大切にし,愛を中心にみんなが生きている世界.

そして,そのような,

世界を動かしている見えないものを考えさせる教育

こそが,理想の教育だと思う.

 

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これが,このサイトのタイトル「愛と心と真理」が言語化されたときに,私の内側から発掘された文章です.笑

 

この会に参加していなければ私が大切にしていることなんてわざわざ言語化しなかっただろうなあ,と思います.本当に,振り返るたび,様々な人々から,私自身が構成されていることを感じます.

 

 

ちなみに,この会で得た一番の収穫は,「主観を書くことの気持ちよさ」でした.

 

 

私が文章を書くとき,または発言するときは,客観的に,を心がけていることもあり,非常になんとも言えないものが溜まります.笑

 

 

自分の感じたことを自由に書けるっていいなぁ,と心の奥から実感している次第です.

 

自由に発言できる場があることは幸せですね!

 

 

 

ここで発信できるに至ったテクノロジーを開拓した先人たちに感謝です.