世界平和とシステム論

 

私の夢は世界を平和にすることです.

よく幻想だと思われますが,そう思ってしまったので仕方ありません.夢は心が勝手に決めるので,自分の意思で変えることは出来ないと思いますので.

今はまだ,世界平和といっても理想にすぎないかもしれませんが,私はその理想を少しでも現実に近づけたいと考えています.

 

多くの人が心のどこかで世界平和を願いつつも,行動を伴っている人は少ない,そもそも本気で願っている人が少ないような気がします.

また,行動していても,その行動が平和を遠ざける可能性があることに注意が必要です.例えば,自分たちの民族以外を殺すことで平和を築こうという手段は,明らかに間違っています.

武器をなくす活動も,効果的なように見えますが,一概にそうとも言えません.たとえ,全世界から武器を一掃したとしても,新たに作ることができる限り,本質的解決にはなりません(全員が武器を失ったことで,新たに武器を生み出した人が世界を脅かす可能性が出てきます).

私は,わかりやすく取り組みやすくても有効なのか疑わしい手段ではなく,“現実を直視しつつ,最も有効な手段”で平和を築きたいと思っています.

夢は,あれば良いというものではなく,あるならば絶対に果たす意気込みで,あらゆる手段を駆使し,全力を注ぐべきでしょう.

そして,目指すからには,それに伴う理論と挑戦が必須になります.世界平和といった大きなことを言っていても,思考や行動が伴っていなければ,ただの理想論者にすぎません.

いくら祈っていても(祈ることしかできない状況であれば別ですが),動ける身体,学べる環境があるなら,それらを最大限活用しなければ,ただの理想論者.

 

平和の手段として,私が現在考えていることを一言で表すと,

情報循環システムを構築し,世界中に情報の大きな循環を起こす

です.

 

そのモデルとして,私は自然のシステムに注目し,学部では蟻の社会システムと金属における電子のスピンの伝播について,それぞれ別の研究室で勉強しました(本当に勉強した程度にすぎません…).

これから,私が「平和を目指すに当たって,システムに注目し,自然を学ぶ理由」を書きたいと思います.

 

 

・平和の定義

 

まず私が平和をどう定義しているか,皆さんに共有する必要があると思います.

私が平和を議論するときに私が考えるのは,「幸せ」です.幸せを使って,平和を以下のように定義します.

「Aという地域が平和であるというとき,Aの地域を構成している人,全員が十分な幸せを感じている.」

幸せの価値観は個人によって違うと思いますが,ここでは,幸せを感じているかだけを議論し,それぞれの価値観については述べないことにしています.

 

すみません,もう深夜で眠いので,また今度続きを書きます.

 

明日というか,今日は,愛媛に帰ります.

さらば広島.

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